金刀比羅宮の歴史と由来は極めて古く、主祭神には国造りの神である大物主神(おおものぬしのかみ)、そして相殿に讃岐へ配流された崇徳天皇が祀られています。
古くから農業・殖産・医薬の神として崇められてきましたが、瀬戸内海を見渡す象山(琴平山)の中腹にあることから、特に航海安全・海上守護の神として全国の船乗りや商人たちから絶大な信仰を集めてきました。時代が下るにつれ、金比羅大権現として神仏習合の聖地となり、商売繁盛、大願成就、病気平癒、金運向上といった現世利益全般を授ける強力なパワースポットへと発展したのです。
江戸時代には庶民の旅行が厳しく制限されていましたが、伊勢神宮への「おかげ参り」と並び、讃岐の「こんぴら参り」だけは特別に通行手形が下りる特別な旅路でした。命がけで海を渡り、険しい山道を登り切った当時の人々にとって、金刀比羅参拝は文字通り「一生に一度の自己変革の旅」であったといえます。