俳優としてキャリアの絶頂期にあった2010年秋、水嶋ヒロは所属事務所であった大手芸能プロダクション・研音を退所しました。世間を大いに驚かせたこの電撃独立の背景には、複数の切実な理由が存在していました。
最も大きな契機となったのは、2009年に結婚を発表した妻でシンガーソングライターの水嶋ヒロ絢香夫妻としての家族の決断です。当時、持病であるバセドウ病の治療に専念するため活動休止に入った絢香を献身的に支えるため、激務が続く芸能活動のペースを見直す必要がありました。加えて、俳優という枠組みにとらわれず、執筆活動やブランディング、プロデュースなど「自らの言葉とクリエイティブで勝負したい」という強い探求心がありました。
退所直後にペンネーム・齋藤智名義で執筆した処女小説『KAGEROU』は第5回ポプラ社小説大賞を受賞し、ミリオンセラーを記録。その後は自身の会社を設立し、ライフスタイルブランドのプロデュースやベンチャー投資、コンテンツ制作など、多面的なビジネスを展開する実業家としての地位を確立していきました。