桜木 花道 ジョーダン――この二つの名が並ぶとき、世界中のファンとスニーカーマニアの脳裏には、あの赤と黒の鮮烈なコントラストが蘇る。1990年代に『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載され、日本のスポーツ漫画の金字塔となった『SLAM DUNK』。破天荒な初心者としてコートに立った主人公・桜木花道が履いた一足のバスケットボールシューズは、作品の枠を超え、現実のポップカルチャー史を劇的に塗り替えた。
連載完結から長年の時を経て、映画『THE FIRST SLAM DUNK』の世界的大ヒットが記憶に新しいなか、カルチャー界隈では桜木 花道 ジョーダンという神話的ストーリーの再検証が進んでいる。架空の高校生と、現実世界の神様マイケル・ジョーダンが交わした「見えない握手」は、なぜ今もなおスニーカー業界を熱狂させ続けるのか。その背景には、作者である井上雄彦の偏執的なまでのこだわりと、ナイキという巨大ブランドの歴史が複雑に絡み合っていた。
なぜ彼はエア・ジョーダンを履くことになったのか?30円の名シーンと誕生秘話
物語の序盤、激しいプレーで体育館履きを破った花道が訪れたのは、町の中古シューズショップだった。そこで店主のプライベートコレクションから、強引とも言える形で譲り受けたのが「エア・ジョーダン 6(Air Jordan VI)」のインフラレッドカラーである。提示された代金は、わずか30円。店主の悲鳴とともに描かれたこのコミカルなエピソードは、読者の爆笑を誘うと同時に、バッシュという道具に対する圧倒的な存在感を提示した。
物語が進み、さらなる高みを目指すインターハイ直前、花道は再び同じ店を訪れる。そこで店主から託されたのが、黒と赤のブルズカラーを身に纏った「エア・ジョーダン 1(Air Jordan I)」だ。NBAのユニフォーム規定に違反し、試合で履くたびに罰金を科されながらもマイケル・ジョーダンが着用し続けたとされる伝説のカラーリング。湘北高校のチームカラーである赤と黒に完璧に合致したそのシューズは、桜木の覚醒と「主役」としての証明を告げる決定的なアイコンとなった。
原作者・井上雄彦のリアルへの執念:漫画と現実のフットウェアカルチャー
井上雄彦が紙面の上に描き出したバッシュのディテールは、当時の漫画界において突出していた。革の質感、ソールの擦れ具合、足首を包み込むホールド感まで、自身もバスケを愛するプレイヤーだからこそ描けたリアリティがある。
当時、日本においてスニーカーは一部のコアな収集家のものだった。しかし、作中で描かれたエア・ジョーダンの圧倒的な格好良さは、全国の若者たちをシューズショップへと走らせた。架空のキャラクターが履くフットウェアが実在し、ストリートのファッションカルチャーと直結するという現象。これは後のストリートファッション誌やスニーカーブームの基礎を築いたと言っても過言ではない。