リトルペブルを巡る一連の騒動を理解するには、まずその発端となった特異な教義とカトリック教会との対立の歴史を振り返る必要があります。事の発端は1980年代、オーストラリア出身のウィリアム・カム(自称:リトル・ペブル=小さき小石)が、「聖母マリアからの特別な啓示を受けた」と主張し始めたことでした。
カム氏は自らを「次代の教皇」と位置づけ、世界的な終末予言を掲げて支持者を拡大。日本国内でもこの主張に感化された元カトリック司祭志願者らが中心となり、聖シャルベル共同体日本支部(リトルペブル同宿会)が立ち上げられました。
しかし、既存のキリスト教義を著しく逸脱した過激な終末論や、私的な啓示を絶対視する手法に対し、ローマ・バチカンおよび日本のカトリック中央協議会は極めて厳格に対処しました。バチカンはカム氏の教えを異端と認定し、公式に破門宣告を発令。正式なカトリック教会から完全に切り離されたにもかかわらず、教団は自らを「正統な信仰の継承者」と主張し続け、日本各地で独自活動を強行していきました。