7月29日未明、突如として放たれた銃声が通州の街を裂いた。通州保安隊の反乱兵らは日本軍の特務機関や居留民の住居を相次いで襲撃。通信設備は切断され、救援が届かない孤立無援の状態で惨劇が繰り広げられた。犠牲者の中には一般の居留民や家族が多く含まれており、その残虐な状況は瞬く間に報道された。
この報せが日本国内に伝わると、世論は激昂の渦に巻き込まれた。当時、不拡大方針を模索していた日本政府や陸軍内部の慎重論は一気に吹き飛び、泥沼の全面対決へと舵を切ることになる。通州事件はまさに、日中戦争を拡大・長期化させる心理的・政治的な決定打となったのだった。