長年現場でノミを振るってきた大工の棟梁たちは、施主からのお礼について実際にはどのように感じているのだろうか。関東近郊で30年以上にわたり注文住宅を手がけてきたベテラン棟梁のA氏(58)は、取材に対して職人の偽らざる心理をこう明かしてくれた。
「お金を包んでもらえれば、そりゃ人間だから嬉しいし、今夜の晩酌代にありがたく使わせてもらうよ。でもな、『お礼をもらったから頑丈に作って、もらえなかったから手を抜く』なんて職人がいたら、大工として完全に終わりだ。俺たちはプロだし、図面通りに頑丈な家を造るのは金をもらう前の当たり前の誇りなんだよ。それよりも一番現場のモチベーションが上がるのは、施主さんが上棟の日に現場に来てくれて、柱がスッと立ち上がった時に『うわぁ、すごい!大工さん、かっこいいですね』って目を輝かせて言ってくれることなんだ。あれに勝る報酬はないよ」
この証言は、現代の建築現場における「贈与の本質」を浮き彫りにしている。かつての共同体社会では、相互扶助(お互い様)の精神から、大工へのご祝儀や振る舞い酒は「集落の共同儀礼」としての義務であった。フランスの社会人類学者マルセル・モースが名著『贈与論』で説いたように、贈り物は「与える義務」「受け取る義務」「返礼する義務」の環によって社会秩序を保つ役割を果たしていた。
しかし、現代の家づくりは明確な「請負契約」という資本主義の枠組みの中にある。施主は何千万円という対価を支払って建築を依頼しており、職人はその対価としてプロフェッショナルの技術を提供する。ここには本来、心理的バウンダリー(境界線)が存在しており、施主が「手抜きされるのではないか」と恐れて義務感からご祝儀を捻出する必要はどこにもない。
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
ここまで検証してきた事実を踏まえ、上棟式のお礼やご祝儀を用意すべきか否かの客観的な判断基準をまとめた。
- ご祝儀や手厚い手土産を用意することが適している人:
- 地元の工務店や大工の棟梁と直接契約しており、今後も日常的に顔を合わせる関係性である場合
- 家づくりの伝統儀礼を重んじる両親や親族から資金援助を受けており、慣習を守ることで家族関係が円滑になる場合
- 予算に十分な余裕があり、「職人への純粋な応援と感謝のチップ」として心から気持ちよく支払える場合
- 現金のご祝儀を渡すことに慎重になるべき人(渡さなくてよい人):
- ハウスメーカーから公式に「金品のお心付け辞退」の指針が出ている場合(ルール遵守が最優先)
- 住宅ローンの諸費用や追加工事費用で家計の資金繰りがギリギリであり、無理をして捻出しようとしている場合
- 「渡さないと手を抜かれるかもしれない」という恐怖心や猜疑心から、嫌々お金を包もうとしている場合
無理をして現金を用意し、後から「あんなに包む必要があったのだろうか」と後悔するくらいなら、ご祝儀をきっぱり取りやめ、現場の職人に心からの感謝の言葉を伝え、気持ちの良い冷たい飲み物や美味しいお菓子を差し入れる方が、施主にとっても職人にとってもはるかに健全で幸福な関係を築くことができる。