読者の多くが最も息を呑んだエピソードが、コミックス23巻に収録された宇佐美の少年時代の回想です。彼がなぜ常軌を逸した忠誠心を鶴見中尉に捧げるに至ったのか、その真相は新潟・新発田での凄惨な過去にありました。
当時、少年相撲で連勝を誇っていた宇佐美は、同じ道場の親友・高木智春と切磋琢磨していました。そこへ現れたのが、当時陸軍士官だった鶴見篤四郎です。鶴見が智春の相撲の才能を褒め、頭を撫でて愛情を注いだ瞬間、宇佐美の心に制御不能な黒い感情が芽生えます。
「鶴見さんに一番に褒められたい」「自分だけを見てほしい」という激烈な独占欲に駆られた宇佐美は、夜の道場裏で智春を呼び出し、馬乗りになって喉を締め上げ絞殺してしまいます。さらに自身の犯行を隠蔽するため、智春の遺体を神社へ運び、階段から転落事故に見せかけて突き落とすという徹底した隠蔽工作まで実行しました。
しかし、鶴見中尉はその凶行をすべて見抜いていました。鶴見は宇佐美を責め立てるどころか、その歪んだ情熱と狂気を受け止め、「私のためなら人を殺せるか?」と問いかけます。親友を殺害した罪悪感や異常性を「私への純粋な愛」として全肯定された宇佐美にとって、鶴見中尉は神にも等しい絶対的存在となったのです。この心理的共依存の成立こそが、宇佐美時重という怪物を完成させた決定的な契機でした。