サニブラウン選手は幼少期、父親の影響を強く受けて実家近くのクラブでサッカーに没頭していました。当時はフォワードを務めており、当時から並外れたスピードで相手ディフェンスを置き去りにしていましたが、チームスポーツならではの壁にもぶつかりました。
小学3年生の時、母・明子さんから「サッカーはパスを出さないと怒られるけれど、個人種目の陸上なら自分の力だけで勝負できるよ」とアドバイスを受けたことが、陸上転向の決定的な契機となります。
元サッカー選手だった父・ラティフさんは、息子がサッカーを辞めることに対して反対するどころか、「自分が本当に情熱を注げる道を選びなさい」と息子の意志を全面的に尊重しました。家庭内では一度も「練習しなさい」と強制することはなく、常に本人の自主性と笑顔を第一に考えるのが父親の教育方針でした。
実家での食事風景もユニークで、母親が作るバランスの取れた和食に加え、父親が作るガーナの伝統料理(スパイシーな肉料理やシチューなど)をたっぷり食べて育ちました。異なる食文化と豊かな愛情に包まれて育った環境が、海外生活にも動じない現在のタフなメンタリティを育んだ原点です。