エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦始皇帝陵と並び、世界三大墳墓の一つに数えられるこの大墳丘。敷地面積や全体の土工量においては、世界でも類を見ない規模を誇る。当時の日本列島において、これほど膨大な労働力と物資を投じて巨大な墳墓を築いた背景には何があったのだろうか。
当時の大和王権が、朝鮮半島をはじめとする東アジア諸国との外交において自国の威信を示すため、大阪湾に入港する外国使節から一目でわかる沿岸近くに建設したという説が有力視されている。単なる個人の権力誇示にとどまらず、大規模な土木事業を通じた労働力の動員と社会の統合という政策的意味合いもあったと考えられている。石を積み上げたピラミッドとは異なり、「土を盛って作られた山」としての圧倒的な存在感は、古代の土木技術の極致を現在に伝えている。