公文所の読み方は「くもんじょ」です。「公文」とは古代から中世の日本において公的な文書や記録を指す言葉であり、公文所は文字通り「公文書を扱い、保管・決裁する役所」を意味します。
この組織は鎌倉幕府がゼロから生み出したものではありません。もともとは平安時代の中期以降、有力貴族や寺社の家政機関、あるいは地方の荘園(しょうえん)において、年貢の徴収台帳や土地の権利関係書類を管理するために置かれていた実務機関でした。荘園の現地では「公文(くもん)」と呼ばれる現地の有力者が実務を担い、領主への年貢納入や領民支配を支えていた歴史があります。
源頼朝はこの既存の行政ノウハウに着目し、東国武家政権の統治機構として公文所のシステムを本格的に導入しました。