幸平一家を語る上で欠かせないのが、東京を代表する二大メガ歓楽街における縄張りです。なかでも池袋 幸平一家の関係性は歴史的に深く、東口・西口の飲食店街や風俗街、地下カジノなどの利権において、他団体の追随を許さない地歩を築いてきました。池袋の街中に存在する無数の雑居ビルや飲食関連ビジネスの背後には、長年にわたり同一家の影響力が色濃く投影されてきた歴史があります。
さらに熾烈を極めるのが新宿歌舞伎町 勢力図における立ち位置です。歌舞伎町は住吉会、六代目山口組、稲川会などの主要団体が入り乱れる日本最大の激戦区ですが、その中心部である区役所通り周辺や劇場広場周辺において、加藤連合会傘下の堺組などが強烈な威圧感を誇示してきました。かつて歌舞伎町で勃発した数々の対立抗争劇において、幸平一家系の部隊が常に見せてきた攻撃的な即応体制は、他団体関係者からも恐れられる最大の要因となっています。
「歌舞伎町でトラブルが起きた際、相手が幸平の看板だと分かると空気が一変する」——これは新宿界隈で長年バーを経営する関係者が明かした生の証言です。近年は路上での公然としたトラブルこそ減少したものの、みかじめ料や店舗プロデュース、違法スカウトグループの統括といった「見えない支配」は、より複雑巧妙な形で存続しています。