小野光のプロデューサーとしての真価は、岡本喜八監督との関係にも表れている。岡本は黒澤と同じ東宝所属ながら、まったく異なるスタイルを持つ監督だった。スピード感あふれる編集、実験的なカメラワーク、ブラックユーモアを織り交ぜた作風。従来の日本映画の枠に収まらない個性派だった。
小野は岡本の才能を早くから評価していた。1959年の『独立愚連隊』から始まる戦争映画シリーズで、小野は岡本の野心的な演出を支え続けた。このシリーズは反戦メッセージと娯楽性を両立させた異色作として、カルト的な人気を獲得する。
岡本作品の製作では、しばしば現場での即興的な変更が発生した。シナリオにない演出、突然の追加撮影。通常ならプロデューサーは予算とスケジュールの観点から難色を示すところだ。しかし小野は、岡本の直感を信じて柔軟に対応した。
『肉弾』と『日本のいちばん長い日』
1968年の『肉弾』は、岡本と小野のコラボレーションが生んだ問題作だった。太平洋戦争末期の人間魚雷「回天」を題材にした作品で、戦争の狂気を容赦なく描いた。商業的リスクの高い企画だったが、小野は岡本の表現したいテーマを尊重した。
一方で、小野は商業性を完全に無視したわけではない。1967年の『日本のいちばん長い日』では、終戦の舞台裏を描いた大作として、オールスターキャストを揃えた。岡本の演出力と商業的な要素を巧みに融合させ、興行的にも成功を収めた。