運ばれてきた丼の蓋を取った瞬間、誰もが息をのむ。視界に飛び込んでくるのは、黄金色ではなく、深い夜を思わせる漆黒の衣だ。通称「黒天丼」と呼ばれるこの看板料理は、一見すると味が濃密すぎてくどいのではないかという先入観を抱かせる。だが、箸を伸ばして一口運べば、その疑念は瞬時に快感へと反転する。
見た目の重厚さに反し、後味は驚くほど軽やか。タレは代々継ぎ足されてきた秘伝のもので、キリッとした醤油の輪郭の中に、上品なみりんと出汁の甘みが奥深く溶け込んでいる。高温の胡麻油でカラリと揚げられた天ぷらを、揚がった瞬間にこの濃厚なタレへ豪快に潜らせる。衣がタレを一気に吸い込みながらも、中心のタネはふっくらとジューシーな水分を保っている。海老のぷりっとした弾力、キスの繊細なホクホク感、そしてタレが染み渡った白米のハーモニー。箸を動かす手が止まらなくなる中毒性の秘密は、この絶妙な引き算の美学にある。