カメラのフラッシュが絶え間なく焚かれ、どこへ行っても視線に晒される日々。1999年の夏、後藤真希という存在は一夜にして社会現象となった。「ゴマキ」という短縮された呼び名は瞬く間に日本中へ浸透し、彼女のファッション、メイク、髪型に至るすべてが同世代の少女たちによって模倣された。しかし、その爆心地にいた本人は、急速に膨れ上がる自身の偶像に戸惑いを隠せなかったという。
「息をするだけで誰かに評価される世界だった」。後に彼女はそう振り返る。学校へ通う自由も、友達と街を歩く時間も奪われ、過密なスケジュールの中で求められたのは「完璧なゴマキ」であり続けること。知られざる苦悩は、家庭環境の急激な変化や身内の不幸とも重なり、思春期の少女の肩に容赦なくのしかかった。光が強烈であればあるほど、その足元に落ちる影は濃い。今回の独白で語られたのは、作り上げられた偶像の皮を一枚ずつ剥ぎ取り、傷だらけになりながらも歩み続けた一人の人間の偽らざる真実である。