1994年、寺脇康文は大きな転機を迎える。劇団SETの盟友であった岸谷五朗とともに劇団を退団し、新たな演劇ユニット「地球ゴージャス」の旗揚げを決意したのだ。所属先を株式会社アミューズへと移し、ゼロから自分たちの表現を切り拓く試みは、安定を捨てるリスクの高い賭けでもあった。
当時、すでに家庭を持っていた寺脇にとって、看板劇団を離れる決断には相当の覚悟が必要だった。だが、妻は夫の背中を力強く押した。「やりたいことがあるなら、思い切り挑戦しておいで」という信頼の言葉が、寺脇の迷いを完全に払拭した。
結果として地球ゴージャスは、日本の演劇界を牽引する大人気プロデュース公演へと成長を遂げる。岸谷五朗という稀代の相棒とともに客席を熱狂の渦に巻き込めた背景には、家庭を守り、夫の挑戦を全肯定し続けた妻の度量の広さがあった。