まず大事なのは、このフレーズが単純な優劣を断定しているとは限らないことだ。日本語としては「女であることに、良かったと思える点があった」という個人の評価に聞こえる。つまり主語は多くの場合、“社会全体”ではなく“自分自身”にある。
一方で、聞き手が受け取る印象は文脈で変わる。同じ言葉でも、誰かの経験に根差して語られているのか、誰かを励ますために使われたのか、あるいはジェンダー論争の火種として持ち出されたのかで意味は変形する。
だから、「女に生まれてよかった」をめぐる議論は、言葉の正しさを当てにいくより、どの経験が前提にあるのかを見にいく方が早い。たとえば“安全だった”“育ててもらえた”“選択肢が増えた”など、具体の中身が見えた瞬間、言葉は急に立体になる。