政治思想史において、モンテスキューの三権分立と並び称されるのが、イギリスの名誉革命期に活躍した哲学者ジョン・ロック(John Locke, 1632–1704)の統治理論です。モンテスキューの理論は無から生まれたわけではなく、1689年にロックが著した『統治二論』の構想を批判的に継承し、発展させたものでした。
両者の構造的な違いを把握することは、権力分立の本質を見極める上で欠かせない視点です。ロックが提示したのは「二権分立」であり、国家の権力を「立法権」と「執行権」(外交権・同盟権を含む)の2つに大別しました。ロックは議会が担う立法権を「国家の最高権力」と位置づけ、君主が担う執行権よりも優位に置いた点が大きな特徴です。裁判を行う権能は、個別の独立機関ではなく、主として執行権の一部に内包されていました。
これに対し、フランス啓蒙思想家のモンテスキューは、裁判権が執行権に従属している状態こそが専制の温床であると見抜きました。そこでロックの執行権から「司法権」を完全に切り離し、「立法権・行政権・司法権」の3つを同格の存在として対峙させる枠組みを打ち立てたのです。
ロックが目指したのは、国民の信託を受けた議会(立法権)が国王の権力暴走を抑え込むことでした。一方、モンテスキューは「議会であっても権力を一手に握れば専制者になり得る」と考え、司法という中立の審判官を完全に独立させ、3つの頂点が互いを睨み合う三角形のチェック体制を完成させたのです。