1990年代末から2000年代にかけて、歴史愛好家のみならずメディアを大きく揺るがしたのが、中部大学教授(当時)の大山誠一氏らが提起した厩戸皇子非実在説の根拠をめぐる論争でした。「聖徳太子という人物は存在せず、後世の作為によって作られた架空のキャラクターである」という主張は、日本史の根本を覆すセンセーションを巻き起こしました。
非実在説の主な論拠として提示されたのが、以下の点です。
- 『日本書紀』に描かれた厩戸皇子の事績があまりにも超人的・完璧超人であり、持統天皇や天武天皇の皇位継承を正当化するため、後世(奈良時代初期)に藤原不比等や長屋王らが理想的な統治者像を偽作した疑いがあること。
- 法隆寺金堂釈迦三尊像の光背銘や『上宮聖徳法王定説』などの根本史料に見られる官名表記などの文言が、皇子の生きた時代よりも古い時代と合致せず、後世の追銘・偽作の可能性があること。
しかし、この過激な非実在説には重大な弱点も潜んでいました。大山説は「テキスト批判(文献分析)」に過度に依拠しており、考古学的な発掘成果や物質的な遺物を説明しきれないという致命的なハードルに直面したのです。