大手葬儀相談サービス「小さなお葬式」のコラム編集チームや現場の葬祭ディレクターらへの取材、さらにはネット上のコミュニティ(知恵袋、5ちゃんねる、SNS)に寄せられた遺族の告白を総合すると、言葉の行き違いによる痛烈な実態が浮かび上がってきます。
親鸞聖人の教えを重んじる寺院の住職は、現場の空気を次のように明かします。
「葬儀の場で参列者の方が悪気なく『ご冥福をお祈りします』とおっしゃっても、喪主様がその場で怒り出すようなことはまずありません。皆様のお気持ち自体はありがたく受け止めておられます。しかし、葬儀後に『あの参列者の方は、うちの宗派をまったく理解してくれていなかったのだな』と、心に小さな引っ掛かりや寂しさを残されるご遺族がいるのも紛れもない事実です」
また、知恵袋に投稿されたクリスチャンの喪主による手記には、次のような生々しい本音が綴られていました。
「母が天に召された際、職場の方々から何通も『冥福をお祈りします』という文面が届きました。仏教徒が多い日本ですし、同僚たちに悪意がないのは百も承知です。でも、母は生涯をかけて神の教えに従い、天国へ凱旋したと信じている私たち家族にとって、母が暗い冥土で苦しんでいるかのような文面を読むたび、胸が締め付けられるような違和感を抱いてしまいました。『安らかなお眠りをお祈りします』と書いてくれた友人の一言に、どれほど救われたか分かりません」
このように、受け取る遺族側はマナー違反を指摘して場を荒立てることは滅多にありません。表面上は穏便に済まされていても、「水面下で静かに失望されている」という事実こそが、マナーにおける最も恐ろしいリスクといえます。