大正・昭和・平成・令和の4つの時代を駆け抜けてきた佐藤愛子の生い立ちは、まさに文学の申し子と呼ぶにふさわしい環境でした。劇作家の父・佐藤紅緑、流行歌「ちいさい秋みつけた」などで知られる詩人の異母兄・サトウハチローという名門芸術一家に生まれた彼女ですが、私生活における家族構成と婚姻歴は激動そのものです。
彼女の結婚歴は生涯で計2回。1度目の相手は戦時中に結ばれた実業家・森川有人であり、2度目の相手は文壇で出会った新進気鋭の作家・田畑麦彦でした。どちらの結婚生活も一般的な平穏とは程遠く、夫たちの破滅的なトラブルに巻き込まれる形で幕を閉じています。
子どもについては、最初の夫との間に授かった長男、そして田畑麦彦との間に誕生した長女・杉山響子(エッセイスト)の2人がいます。2度の過酷な離婚を経験しながらも、彼女は母として、そして一家の大黒柱として子どもたちを守り抜きました。