Q1:伊藤博文はなぜハルビン駅を訪れていたのですか?
A1:日露戦争後の満州(中国東北部)における権益調整や、アメリカの満州進出に対抗するため、ロシアの蔵相ウラジーミル・ココツェフと極秘裏に外交会談を行う目的で現地を訪問していました。
Q2:伊藤博文は本当に「韓国併合」に反対していたのですか?
A2:正確には「無条件の併合反対」ではなく、当時の性急な完全併合に慎重な立場をとっていました。伊藤は大韓帝国の自主性を一定程度残したまま実質的な支配を進める保護国化路線を支持していましたが、強硬派との妥協の末、事件直前の1909年7月には将来的な併合閣議決定を受け入れていました。しかし、彼が生きていれば併合の形態や時期は異なっていた可能性があります。
Q3:安重根は現在、韓国や北朝鮮でどのように評価されていますか?
A3:韓国および北朝鮮において、安重根は祖国の独立のために命を捧げた「義士(民族の英雄)」として極めて高く評価されています。ソウル市内には記念館が建てられ、その功績を称える展示が常設されています。一方で日本では、初代首相を殺害したテロリスト・暗殺犯として認識されることが多く、両国の歴史認識の隔たりを象徴する人物の一人となっています。