2026年のオレゴン大会をもって、25年・通算13大会にわたる歴史に幕を下ろした織田裕二のキャスター勇退。公式発表では「節目の勇退」「次世代へのバトンタッチ」と説明されたものの、その裏側には民放キー局が直面する構造的な変革が存在していました。
第一に挙げられるのが、制作費の大胆なコストカットです。テレビ広告収入の構造変化に伴い、各局は莫大な中継権料とタレントギャラの圧縮を余儀なくされていました。織田裕二クラスのトップスターが現地に長期滞在し、専属スタッフを伴って連日生放送を行うプロジェクトは、1大会あたり数千万円規模の出演料・経費が動く一大興行でした。テレビ界全体が番組制作費の適正化へと舵を切るなかで、看板キャスター体制の刷新は避けて通れない経営課題だったといえます。
第二の要因は、スポーツ報道における演出スタイルのパラダイムシフトです。熱狂と感情移入を前面に押し出す「エンタメ型中継」から、現役・引退アスリートの専門的解説やデータ分析、SNS連動を軸とした「アスリートファースト型中継」への転換が局内で進められました。織田裕二自身も陸上競技を誰よりもリスペクトしていたからこそ、自らの存在感が競技そのものを覆い隠してしまうリスクを冷静に受け止め、最も美しいタイミングでの幕引きを選んだと見られています。