タレントとしての陽気な姿ばかりが先行しがちだが、彼の本質はプロボクシング史に輝く怪物サウスポーだ。名門ヨネクラボクシングジムに入門し、名匠・米倉健司会長の厳しい指導のもとで磨かれた技術は本物だった。泥臭く泥濘を這い上がるような下積み時代が、その後の強靭な精神力を育てる。
頂点を極めたのは1974年4月。WBC(世界ボクシング評議会)世界ライト級タイトルマッチで、王者ロドルフォ・ゴンザレスを劇的な8回KOで下し、世界王座を奪取した。リングで見せた相手の視界から消える必殺ブロー「幻の左」は、今なおボクシングファンの間で語り草となっている。
王座を5度にわたって防衛した実績は、生半可な実力で達成できるものではない。全身全霊を削り合ってリングに君臨した本物の勝負師だからこそ、引退後に放った一言ひとことにも圧倒的な説得力と重量感が宿っていた。