ベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』の流行以降、本作にはさまざまな「隠された暗号」の噂が囁かれてきました。その中でも特に有名な2つの謎について、美術史学的な事実を整理します。
謎1:宙に浮くナイフは誰の手なのか?
絵画の中央左寄りに、誰の手かわからない不穏なナイフが描かれているという説が一時期話題を集めました。しかし、詳細なデッサンや修復後の画面を精査すると、このナイフを握っているのは使徒ペトロの右手であることが明確に分かります。ペトロは後にゲツセマネの園でキリストが捕縛される際、兵士の耳を切り落とすエピソードがあるため、激情的な彼の性格と将来の行動を象徴するアトリビュート(持ち物)として描かれています。手首を不自然に曲げて背後に回しているポーズのため誤解を生みやすいですが、ダ・ヴィンチの手稿にもその手の習作が残されています。
謎2:ヨハネは実はマグダラのマリアなのか?
キリストの左隣(向かって右隣)に座る人物が女性的で、キリストとの間に「V字」の空間があることから「マグダラのマリアではないか」とする説です。しかし、ルネサンス期のフィレンツェ絵画において、使徒ヨハネは最年少の弟子として髭のない美青年として描くのが伝統的な約束事でした。ダ・ヴィンチの師匠であるヴェロッキオの工房の流儀を受け継いだ正統な表現であり、当時の図像学に基づいた描写です。