本作が公開から長い年月を経てもなお語り継がれる最大の理由は、圧倒的な映像美とトラウマ級の残酷描写が同居する特異な作家性にあります。岩井俊二監督は、美しく揺れる緑の稲穂、夕暮れの淡い日差し、ドビュッシーの流麗なピアノ曲といった叙情的な表現で画面を満たしながら、その中で繰り広げられるいじめ、恐喝、性的暴行、そして自死という容赦ない現実を生々しく描き出しました。
作中で頻繁に登場する「エーテル」という言葉は、現実の苦痛を麻痺させ、傷ついた魂同士を繋ぐための架空の精神的シェルターを象徴しています。14歳特有の無力感や孤独を抱えた少年少女にとって、リリイの歌声から発せられるエーテルは生き延びるための唯一の酸素でした。しかし同時に、それは現実の解決をもたらさない麻薬のような逃避先でもあります。
津田詩織が空を飛ぶようにして鉄塔から身を投げた悲劇や、久野陽子が自らの髪を剃り落として登校してきた凛とした抵抗など、登場人物たちの痛切な叫びが観る者の胸に深く突き刺さります。単なるショッキングな描写にとどまらず、誰しもが思春期に抱えていた「ここではないどこかへ救われたい」という切実な祈りを鮮烈に捉えているからこそ、本作は今も色褪せない傑作として高い評価と評判を維持しています。