モデル業と並行して女優業にも挑戦していたものの、道のりは極めて険しいものでした。映画やドラマのオーディションを受けては落ち続け、その数は通算200回以上にのぼります。
端役や通行人、死体役、セリフが1行だけのエキストラ同然の役柄が何年も続きました。映画『恋空』(2007年)やドラマ『14才の母』(2006年)などに出演していたものの、当時の波瑠の存在に気づいていた視聴者はごくわずかでした。
「自分は女優に向いていないのではないか」と辞職を考えた夜も一度や二度ではなかったものの、彼女は現場で監督やスタッフの動きを徹底的に観察し、台本を読み込み、演技の基礎を独学で磨き続けました。この泥臭い下積み時代培われたハングリー精神と観察眼が、後のカメレオン的な演技力の土台となったのです。