美空ひばりの代表曲として誰もが思い浮かべる『愛燦燦』ですが、その発端はレコード会社による通常のシングル企画ではなく、1986年放送の「味の素」ブランドイメージCMソングの制作依頼でした。家族の絆や温かな食卓の情景を伝えるテレビコマーシャルにおいて、広告代理店とクライアントが白羽の矢を立てたのが、当時第一勧業銀行(現・みずほ銀行)の兜町支店長などを歴任していたシンガーソングライター・小椋佳でした。
しかし、小椋佳自身は当初、このオファーに強い戸惑いを覚えたと当時の回顧録やインタビューで述懐しています。戦後の日本人に生きる希望を与え続け、もはや「国民的象徴」として神格化されていた美空ひばりに対し、小椋は個人的なファンというわけでもなく、自らの繊細なフォーク調の作風と歌謡界の女王のダイナミックな節回しが調和するとは到底思えなかったからです。小椋は後に「美空ひばりという巨大な存在に、自分のような素人上がりの作家が何を書けばいいのか、途方に暮れた」と語っています。
そこで小椋が下した決断は、美空ひばりの代名詞でもあった「華麗なコブシ」や「圧倒的なドラマツルギー」をあえて一切排除することでした。国家的な女王のペルソナを剥ぎ取り、ひとりの傷ついた女性が夕暮れ時にふと口ずさむような、淡々としたメロディと平易な言葉を紡いだのです。出来上がったデモテープには、小椋自身の素朴な仮歌が吹き込まれていました。
デモテープを受け取ったひばりの反応は、制作陣の予想を大きく覆すものでした。当時、長年マネージャーとして二人三脚で歩んできた母・加藤喜美枝を亡くし、さらに二人の実弟に先立たれて精神的な孤独の淵にあったひばりは、その素朴なテープを聴き込み、「私、こういう素直な歌をずっと歌いたかったの」と深く感動したと伝えられています。1986年5月29日のシングルレコード発売に先駆け、CMから流れてきたその歌声は、従来の「ひばり節」とは全く異なる柔らかさと深みを帯びており、瞬く間に日本全国へ鮮烈な衝撃を与えました。