鍋の蓋を開けた瞬間、醤油を大量に入れすぎたかのような黒い汁に対面し、調理ミスを疑った経験がある人は多いはずです。この現象の正体は、腐敗や傷みではなく、舞茸に豊富に含まれる水溶性ポリフェノールと酸化酵素チロシナーゼによる自然な化学反応にあります。
舞茸の黒色色素を構成する前駆物質は、熱水に極めて溶け出しやすい性質を持っています。加熱によって細胞組織が緩むと、ポリフェノール類が一気に煮汁中へと流出し、酸素や熱、さらには味噌に含まれるミネラル分と反応して褐変・黒変を引き起こします。見た目こそ重苦しい黒褐色になりますが、これこそが抗酸化物質が煮汁全体に行き渡った動かぬ証拠なのです。
多くの人がやってしまいがちな失敗が、この黒い煮汁表面に浮き出る泡や色合いを「有害な灰汁」と誤認して丁寧にお玉ですくい取ってしまう行為です。この作業は、健康成分を自らゴミ箱へ捨てていることと同義です。どうしても澄んだ色合いを保ちたいおもてなしの席などでは、色素成分が少ない「白舞茸」を選択するか、舞茸を入れる前に少量の酒を煮立たせておくことで急激な変色を緩和できます。しかし、家庭で日常的に楽しむのであれば、この「黒いスープ」こそが最大の恵みとなります。