伝統芸能である落語の世界において、どのような師匠に弟子入りするかは、その落語家の芸風と人生を大きく左右します。彼女が師事したのは、古今亭志ん朝の系譜を引く実力派であり、俳優・プロデューサーとしても多彩な顔を持つ金原亭世之介師匠でした。
世之介師匠との出会いは、舞台の共演や演技指導の場でした。師匠の圧倒的な高座の迫力に魅了された杏寿は、弟子入りを直訴します。落語界において、容姿の整った女性タレントが弟子入りを志願する場合、「話題作りの腰掛けではないか」「過酷な前座修行に耐えられるはずがない」と門前払いを食らうケースも少なくありません。しかし、世之介師匠は彼女の眼差しに宿る覚悟と本気度を見抜き、2017年春、正式に入門を認めました。高座名は本名から取り「金原亭杏寿」と命名されます。
落語協会の規定に従い、入門後は前座としての修業生活が始まりました。前座の日常は、世間が想像する以上に過酷です。朝早くから師匠宅の掃除や身の回りの世話をこなし、寄席に入れば楽屋の雑務、着物の着せ替えや畳み、お茶出し、座布団返し、太鼓の演奏など、休む間もなく動き回らなければなりません。自らの高座を務めるのは開口一番のわずかな時間だけであり、給金もわずかな小遣い程度です。
グラビア時代の華やかな生活とは180度異なるこの下積み生活を、彼女は愚痴ひとつこぼさずやり遂げました。途中で見舞われた新型コロナウイルス禍による寄席の休業や興行縮小という逆境にも挫けず、着実に高座数を重ね、2026年2月中席、晴れて「二ツ目」への昇進を果たしました。二ツ目になれば紋付き羽織の着用が許され、自らの名前で独演会を開き、自由に落語の仕事を受けることができます。世之介師匠も折に触れて「あいつは根性がある」「努力を人に見せない職人気質」と公の場で語っており、強固な信頼関係が築かれていることが窺えます。