ラストシーンの誕生秘話を辿ると、原作の高森朝雄氏と漫画家のちばてつや氏の間で繰り広げられた激しい創作のドラマが存在します。当時の連載現場の証言や自著『屋根うらの絵本かき』などによると、高森氏から届いた最終回の原稿プロットは、ちば氏の手によって大きく再構築されていました。
高森氏が用意した初期原稿では、判定負けを喫したジョーに対し、段平が「お前は試合には負けたが、喧嘩には勝ったんだ」と慰め、ジョーが「へへっ、おっちゃん…」と照れ笑いを浮かべながら肩を抱き合ってリングを降りるという、泥臭い人間味を残した幕引きが想定されていました。一部では、試合後に白木葉子とともに静かに余生を過ごす構想すらあったと伝えられています。
しかし、連載を通じて矢吹丈というキャラクターの過酷な生き様を誰よりも近くで見つめてきたちば氏は、その結末に強い違和感を抱きました。「あそこまで命を削ってリングに上がり続けた男が、普通の日常にすんなり戻れるはずがない」。悩みに悩んだちば氏が締め切り直前に辿り着いたのが、紀子との会話で描いた「まっ白な灰」のメタファーでした。後年のインタビューでちば氏は次のように明言しています。
「私は丈を殺すつもりで描いたわけではありません。すべてを出し尽くし、真っ白になって満足している。その先、彼が死んだのか、それとも休んでいるだけなのかは、読者のみなさんがそれぞれ感じ取ってくださればいい」
原作者の枠組みを飛び越え、作画家がキャラクターの命の重さに寄り添ったからこそ、昭和から令和に至るまで色褪せない奇跡の最終コマが完成したのです。