庶民と比べて最高の食事と医療を享受していたはずの支配者層、徳川歴代将軍の寿命に目を向けると、興味深い歴史的事実が浮かび上がります。
徳川将軍の寿命一覧を精査すると、初代・家康(75歳)、8代・吉宗(68歳)、11代・家斉(69歳)、15代・慶喜(77歳)のように長命な人物がいる一方で、全体平均は約50歳強にとどまります。最高権力者でありながら庶民成人より圧倒的に長生きできなかった理由は、大奥特有の生活習慣にありました。毒殺を警戒して何重にも加熱され冷めきった不完全な食事、運動不足、そして白米偏食による「脚気」が、将軍たちの命を削っていたのです。
こうした過酷な生存環境を背景に考えると、江戸時代の還暦の価値が現代とは比較にならないほど重かった理由が腑に落ちます。幼少期の疫病を切り抜け、飢饉や火災を生き延び、脚気や結核に倒れることなく60歳を迎えることは、天文学的な確率を勝ち残った「強運と強靭さの証明」でした。赤いちゃんちゃんこを着て赤子に還る祝いは、単なる年齢の節目ではなく、過酷な生存競争を生き抜いた勝者への畏敬の念が込められた神聖な儀式だったのです。