多くの人が「木曽路はすべて山の中である」という最初の一句だけを記憶していますが、この名文の真価は、その直後に続く文章の律動(リズム)と視線移動にあります。青空文庫や岩波文庫のテキストに記された第一部冒頭の「続きの一節」を確認してみましょう。
「木曾路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」
(島崎藤村『夜明け前 第一部上』より引用)
この夜明け前の冒頭の意味を深く紐解くと、藤村の計算し尽くされた視覚的・心理的演出が浮かび上がります。
まず、句点の短い断定「山の中である」で読者の意識を一瞬で木曽谷の閉鎖空間へと幽閉します。そして「岨づたいの崖」「数十間の深さの木曽川」「谷の入り口」と、カメラが引いては寄り、立体的な地形の過酷さを描写します。最後の「一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた」によって、広大で鬱蒼とした大自然の中に、人間が往来する極めて細く危うい一本の動脈(中山道)が浮かび上がる仕掛けです。
文学研究者の間では、この冒頭は単なる景勝地のスケッチではなく、江戸幕府の鎖国政策と封建制の下で何百年も外の世界から遮断されてきた日本の閉塞状況を地理的メタファーとして提示したものであると広く分析されています。外界と隔絶された漆黒の闇(封建社会)を貫く一本の道。そこへ、突如として黒船来航という巨大な地殻変動が雪崩れ込んでくる導入として、これ以上の舞台設定はありません。