「卑弥呼は何時代の人ですか?」という問いに対し、今なお多くの人が「弥生時代」と即答します。文部科学省の学習指導要領に基づく主要な歴史教科書でも、卑弥呼は長らく弥生時代の単元で扱われてきました。しかし、考古学界における実態は「弥生時代末期から古墳時代前期への移行期そのもの」であり、むしろ古墳時代の始動期と捉える研究者が年々増加しています。
では、具体的に卑弥呼は何世紀の人物なのでしょうか。中国の歴史書『三国志』魏書東夷伝倭人条、いわゆる『魏志倭人伝の記録』によると、卑弥呼の活動期は3世紀前半(西暦200年代初頭から248年頃)に集中しています。日本国内において、従来この3世紀前半は「弥生時代の最終局面」と位置づけられていました。水稲耕作の定着や金属器の普及、環濠集落の発達といった弥生文化の延長線上に卑弥呼の共立が語られてきたためです。
風向きが劇的に変わった契機は、国立歴史民俗博物館などが主導した最新の年代測定研究(高精度AMS炭素14年代測定や年輪年代学)の成果です。これまで「西暦300年頃」と考えられていた前方後円墳の出現期が、西暦250年前後まで遡ることが科学的データによって次々と立証されました。つまり、卑弥呼が死去したとされる248年頃と、最古級の前方後円墳が築造された時期が完全に重なり合います。この事実こそが、学界で激しい議論を呼ぶ「古墳時代前期の真相」です。