小式部内侍「大江山」品詞分解・現代語訳!定頼を圧倒した機知と助動詞

小式部内侍「大江山」品詞分解・現代語訳!定頼を圧倒した機知と助動詞

小式部内侍「大江山」品詞分解・現代語訳!定頼を圧倒した機知と助動詞の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。

歌合の期日が迫ったある日、局(部屋)にいた小式部内侍のもとへ、当時の宮廷きってのプレイボーイで貴族社会のエリートであった藤原定頼(四納言の一人・藤原公任の長男、のちの中納言)が立ち寄ります。定頼は御簾(みす)から少し身を乗り出し、からかいを含んだ笑みを浮かべてこう言い放ちました。

「丹後へ遣はしける人は参りたりや。いかに心もとなく思すらん」
(母上のいらっしゃる丹後へ派遣した使いは帰って来ましたか。母上からの代作の歌が届くかどうか、さぞや待ち遠しく不安に思っていらっしゃるでしょうね。)

これは明らかな知的侮辱(ゴーストライター疑惑)であり、公然のハラスメントでした。若輩の女房であれば恥じらって沈黙するか、怒りを露わにして場の空気を悪くするのが関の山です。しかし、小式部内侍の対応は定頼の計算を根底から覆すものでした。

小式部内侍は局から立ち去ろうとする定頼の直衣の袖をぐっと引き留め、間髪をいれずにこの和歌を詠みかけたのです。

掛詞・表現技法第一の意味(旅路・地理)第二の意味(心理・手紙)定頼への痛烈な返答メッセージいく野生野(丹後へ向かう途中の宿場町)行く(丹後へ向かって道を行く)「母のもとへ行く道のりは険しく、あまりに遠いのです」ふみ踏み(自らの足で現地を踏破する)文(母から届く返事の手紙)「母からの手紙など届いていませんし、頼ってもいません」縁語の連鎖「道」—「行く」—「踏み」—「(天の)橋立」交通・移動に関連する言葉を重層的に編み上げ、即興とは思えない高度な技巧を証明

この歌が定頼中納言を完膚なきまでに叩きのめした理由は、単に地理的な遠さを述べただけではなく、「使いを出して母の手紙を待っているなどという事実は毛頭ない」という事実無根の反駁を、完璧な詩的修辞(レトリック)で一瞬にして成立させた点にあります。

定頼の「使者は参りたりや(使いは来ましたか)」という問いに対し、「まだふみ(文)もみず」と答え、同時に「遠い丹後の天の橋立の地をまだ踏み歩いてもいない」という旅情の情景描写を成立させています。さらに「袖を引きとどめる」という物理的な制止により、相手が言葉を返すまで逃げられない状況を作り出しました。

定頼は、即興で返歌を詠もうとすれば小式部内侍の歌の完成度に太刀打ちできず、歌を返さずに立ち去れば歌人としての面目が丸潰れになるという「完全なチェックメイト」に追い込まれたのです。『十訓抄』は、定頼が狼狽のあまり「こはいかに、かかるやうやはある(これはどうしたことか、こんなことがあってよいものか)」とだけ口走り、返歌もできずに袖を引き放って逃げ帰ったと記しています。

山口 彩花
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山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。