健康な状態であっても、人間の気道粘膜からは1日に約100ミリリットル前後の分泌液が分泌されています。通常、この粘液は気道に入り込んだ埃やウイルスを絡め取り、粘膜表面にある無数の「線毛(せんもう)」の働きによって無意識のうちに食道へと送り込まれ、胃の中で処理されます。これが自覚症状としての「痰」にならない正常な生理現象です。
しかし、何らかの理由で粘液の分泌量が急増したり、粘り気が強くなったり、あるいは喉の粘膜自体が過敏になって異物感を過剰に察知するようになると、「喉に痰が引っかかる」という強い自覚症状へと変化します。特に読者から多く寄せられる「激しい咳が出ないのに、なぜ痰だけが絡み続けるのか」という疑問には、主に次の3大要因が存在します。
第1に挙げられるのが、耳鼻咽喉科領域で極めて頻度の高い後鼻漏症状です。副鼻腔炎(蓄膿症)やアレルギー性鼻炎などによって鼻腔内で過剰に作られた粘り気のある鼻水が、鼻の穴から前へ出ずに喉の奥(咽頭)へと絶え間なく垂れ落ちてきます。喉に落ちた鼻水が気道の手前で溜まり、本人は「痰が喉に絡みついている」と認識してしまうのです。この場合、肺や気管支の炎症ではないため、反射的な咳が出にくいという特徴があります。
第2の原因は、消化器系の異常である逆流性食道炎に伴う喉の違和感(咽喉頭酸逆流症)です。就寝中や食後、胃酸や消化酵素が食道を通って喉仏のあたりまで逆流すると、強い酸によって咽頭・喉頭の粘膜が化学的な炎症を起こします。すると防御反応として喉の粘液分泌が増加し、同時に粘膜が浮腫(むく)むことで、常に異物が詰まっているかのような感覚が生じます。胸焼けや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感覚)を伴わない「無症候性」の逆流も多く、呼吸器の病気と誤認されやすい典型例です。
第3に、咽頭粘膜の極度な乾燥と線毛機能の低下です。エアコンの効いた室内での長時間のデスクワークや口呼吸の習慣があると、咽頭が乾燥して分泌液の水分が蒸発し、接着剤のようにドロドロと濃縮されます。その結果、わずかな分泌物でも線毛で押し流すことができず、喉に張り付いたまま離れなくなってしまうのです。