「湯船に浸かれば体臭はきれいさっぱり消える」という言説は、生理学的には半分正しく、半分は重大な誤解を孕んでいます。確かに、全身を湯船に沈めて温まることは、シャワーだけでは落としきれない毛穴深部の汚れを浮かせ、体臭予防において極めて高い効果を発揮します。しかし、臨床現場では「入浴後に体臭が悪化した」と相談に訪れる患者が後を絶ちません。一体なぜ、体を洗って清潔にしたはずの浴室から出た直後に、ニオイのトラブルが発生するのでしょうか。
最大の原因は、皮脂膜の破壊による皮膚常在菌叢(マイクロバイオーム)の崩壊にあります。人間の皮膚表面には、悪玉菌の繁殖を抑えて弱酸性のバリアを維持する「表皮ブドウ球菌(いわゆる美肌菌)」が存在します。ところが、42℃を超えるような熱いお湯に長風呂したり、洗浄力の強すぎるボディソープで皮膚を激しく擦ったりすると、必要な潤いと常在菌まで根こそぎ洗い流されてしまいます。
バリアを奪われた皮膚は、急激な乾燥から身を守るために防衛反応を起こし、入浴後30分から1時間ほどで皮脂腺から皮脂を猛烈な勢いで分泌させます。そこへ入浴熱でかいたベタベタの汗が混ざり合い、生き残った黄色ブドウ球菌などの悪玉菌によって一気に分解・酸化されることで、酸鼻を極めるような脂臭さや雑巾のような悪臭が発生するのです。良かれと思って行った過度な洗浄習慣が、皮脂の過剰分泌という皮肉なリバウンド現象を招くことこそが、お風呂で体臭が悪化する決定的な真相です。