メディア社会学およびテレビ文化の観点から見ると、嵐が紅白歌合戦において果たした役割は、単なる「人気アイドルの枠」を大きく超えていました。
昭和から平成初期にかけての紅白は、演歌や大御所歌手が軸となり、世代間の音楽をつなぐ役割を果たしていました。しかし、2000年代以降のインターネット普及とメディアのパーソナライズ化に伴い、「家族全員が同じテレビ画面を囲む」という視聴形態(お茶の間の崩壊)が急速に進みました。
その分断をつなぎ止める決定的な接着剤となったのが、嵐でした。
- 世代を分断しない「心理的安全性」:嵐の楽曲とキャラクターは、若年層を熱狂させつつも、シニア層に対して威圧感や不快感を与えない「親しみやすさ」「礼儀正しさ」を兼ね備えていました。
- 脱・特権階級のアイドル像:従来の近寄りがたいスーパースター像ではなく、バラエティ番組等で見せる等身大のワチャワチャ感(仲の良さ)が、視聴者に「安心感」と「幸福感」を提供しました。
NHKが嵐を5年連続で司会に据え、大トリを任せ続けたのは、彼らが「日本で最後に家族全員をテレビの前に集められた存在」だったからに他なりません。