歴史をさかのぼると、この対立概念を根本から揺るがした人物がいる。ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェだ。彼は著書の中で、道徳がどのように作られたのかを過激に解剖した。岩波書店から刊行されている『道徳の系譜』などの翻訳本は、今なお日本の読者に強い衝撃を与え続けている。
ニーチェが展開した倫理学の議論において、決定的なのは「良・悪(Gut und Schlecht)」と「善・悪(Gut und Böse)」の区別だ。弱者が強者を羨み、ねたむ感情——すなわちルサンチマンから生まれた「悪」の概念は、単なる能力の欠如としての悪とは質が異なる。哲学の視点は、私たちが信じて疑わない対義語の前提そのものを鮮やかに覆してみせる。