上方歌舞伎を牽引する松嶋屋の家に生まれ落ちた瞬間から、運命の歯車は回り始めていた。父・片岡仁左衛門は言わずと知れた人間国宝であり、歌舞伎の美の極致を体現する至宝。その偉大すぎる父の背中は、幼少期の孝太郎にとって憧れであると同時に、あまりにも高大な壁だった。
「父と同じことをやっていては超えられない」。若き日の孝太郎が選んだのは、立役として一時代を築いた父とは異なる、女方という極限の美の世界だった。繊細な指先の動き、首の傾げ方、舞台袖に消える一瞬の残り香にまで神経を行き届かせる。父の厳しい指導に涙を呑んだ日々が、孝太郎という役者の骨格を作り上げたのだ。名門の重圧を逃げ道にせず、自らを極限まで追い込むことでしか得られない気品が、現在の彼の舞台には漲っている。