元禄2年(1689年)7月13日(新暦)、松尾芭蕉が立石寺を訪れた際に詠んだ「閑さや岩にしみ入る蝉の声」。立石寺を語る上で欠かせないこの名句には、かつて文学界を二分する激しい論争が存在したことをご存知でしょうか。
長年、学校教育や一般的な通説の中では「この蝉は、けたたましく鳴くアブラゼミである」と解釈されていました。あの激しい鳴き声ですら吸い込まれてしまうほどの圧倒的な岩山の静寂を表現したのだ、という理論です。しかし、これに異を唱えたのが歌人であり精神科医でもあった斎藤茂吉でした。
茂吉は自ら山寺に何度も足を運び、芭蕉が訪れた旧暦5月27日(現在の7月上旬)という時期に、現地でどの蝉が鳴いているのかを徹底的に現地調査しました。その結果、当時の山寺の気候と時期において岩肌に生息し鳴いていたのはアブラゼミではなく、澄んだ金属音のような声で鳴く「ニイニイゼミ」であったことを突き止めたのです。激しい騒音ではなく、夕暮れ時の静寂と一体化して岩にしみ入るような蝉の声こそが、芭蕉の感じた幽玄の世界そのものでした。
参道の中腹には、芭蕉の短冊を埋めたとされる「せみ塚」が静かに佇んでいます。現地を訪れた際は、奇岩怪石の隙間から立ち上る風の音とともに、かつて文豪たちが対峙した音なき音の気配に耳を澄ませてみてください。