事態を重く見た当局は、討伐のために前代未聞の包囲網を敷いた。警察官や青年団だけでなく、日露戦争での武功で知られた大日本帝国陸軍第七師団までもが動員され、寒村に600名近い討伐隊が集結した。だが、吹雪と険しい地形に阻まれ、軍隊の統率された火力すら巨大な捕食者を容易に捉えることはできなかった。
膠着する状況を打破したのは、歴戦のアイヌ猟師たちからも一目置かれていた伝説の熊撃ち・山本兵吉だった。かつてロシア製ライフルを片手に数々の猛獣を仕留めてきた孤高のマタギは、軍や警察の集団行動から離れ、単独で風下からヒグマの足跡を追跡。12月14日早朝、雪煙の向こうに潜む怪物の心臓と頭部を、寸分の狂いもなく撃ち抜いた。一人の猟師の経験と研ぎ澄まされた直感が、6日間に及んだ悪夢に終止符を打った瞬間だった。