この施設が持つ最大の価値は、単にお金を飾っている場所ではない点にある。ここは明治日本の技術立国への第一歩を記録する産業遺産博物館なのだ。1871年(明治4年)、新政府は近代国家としての威信をかけ、大阪の地に造幣寮を創設した。
その建設にあたって重要な役割を果たしたのが、長崎の武器商として知られるトーマス・グラバーだ。彼の周旋によって香港英字マネーから最新鋭のコイン鋳造設備が輸入され、日本の近代貨幣づくりがスタートした。創業時には明治天皇自らが現地へ行幸し、国家事業としての重要性を天下に示した記録が残る。かつては財務省の前身組織などの直轄を経ながら、現在は独立行政法人造幣局へと組織を変えたが、創業当時の火力発電用煙突の残構やガス灯が敷地内に残り、文明開化の熱気を今に伝えている。