関根恵子(現:高橋惠子)は1955年1月24日、北海道川上郡標茶町で生まれ、その後東京都で育ちました。彼女の運命が大きく動いたのは1969年、中学3年生(当時14歳)のときです。大映が主催した「ミス・ジュニア・フラワー・コンテスト」でスカウトされ、大映東京撮影所に入社。翌1970年、わずか15歳にして映画『おさな妻』の主演に大抜擢されました。
高校生でありながら人妻となる主人公の揺れ動く心理と性愛を、15歳とは思えない瑞々しさと大胆さで演じ切った彼女の姿は、映画界に計り知れない衝撃を与えました。同作での鮮烈な演技により第8回ゴールデン・アロー賞新人賞を受賞。大映の屋台骨を支える若き看板女優として、瞬く間にトップスターの座へと駆け上がりました。
当時撮影されたスチール写真やグラビア、後に発売された写真集で見せた姿は、日本人離れした彫りの深い顔立ちとエキゾチックな眼差し、そして神話的なプロポーションが同居しており、半世紀以上が経過した2026年現在でも「昭和映画史上最高のミューズ」と称賛され続けています。
しかし、その急激なスターダムは多感な少女の心を容赦なくすり減らしていきました。分刻みのスケジュールで年間何本もの映画撮影に追われ、大人たちが作り上げる「早熟で奔放な美少女」というパブリックイメージを押し付けられる日々に、彼女自身は深刻な孤独と違和感を抱えていたと当時の手記で述懐しています。