浅田真央と母・匡子さんの真実|突然の別れから紐解く家族の絆と奇跡

浅田真央と母・匡子さんの真実|突然の別れから紐解く家族の絆と奇跡

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2011年12月、フィギュアスケート界はグランプリ(GP)シリーズの頂点を決める「GPファイナル」の熱気に包まれていました。決戦の舞台はカナダ・ケベック。シーズン序盤から調子を取り戻し、世界一奪還を目指していた浅田真央さんのもとに、日本から「母・匡子さんの容態急変」を告げる緊急連絡が入ったのは、現地時間の12月8日早朝のことでした。

日本スケート連盟および所属マネジメント会社は直ちに大会欠場を決定。真央さんは一刻も早く母のもとへ駆けつけるべく、国際便を乗り継ぎ日本への帰国の途につきました。当時のメディア各社は「真央、母危篤で緊急帰国」と速報を打ち、日本中が無事を祈る異例の事態へと発展したのです。

しかし、運命はあまりにも過酷でした。真央さんを乗せた航空機が成田空港の滑走路に着陸したのは、2011年12月9日午後。その数時間前となる同日早朝(午前5時38分)、名古屋市内の病院で匡子さんは静かに息を引き取っていました。到着ロビーで関係者から母の訃報を告げられた真央さんは、言葉を失い崩れ落ちそうになりながらも、報道陣の前では必死に前を向き、足早に名古屋へ向かいました。

自宅で対面した母の冷たくなった頬に触れ、声を上げて泣き崩れたという真央さん。最期の瞬間に立ち会うことすら許されなかったトップアスリートの宿命と親子の絆は、多くの人々の涙を誘いました。

池田 達也
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池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。