西尾潤に関するネット上の言説の中には、いくつかの誤解や憶測が存在します。その最たるものが「単なる暴露本作家ではないか」「自身の過去を切り売りしているだけではないか」という偏見です。
しかし、彼女の著作を精読すれば、それが単なる私小説やスキャンダラスな暴露劇ではないことは明白です。西尾潤は自身の体験を出発点としながらも、綿密な追加取材や法律・社会構造の調査を重ね、緻密に構成されたサスペンス・エンタテインメントへと昇華させています。
また、彼女が作品を通じて訴えているのは「悪者を糾弾して溜飲を下げること」ではなく、「孤立した個人がなぜ甘い罠に引き寄せられてしまうのか」という構造的な病理です。社会からこぼれ落ちそうになる人々の孤独に寄り添う温かい眼差しがあるからこそ、単なるダークサイド描写に終わらない文学的深みが生まれているのです。