栗城史多はなぜエベレストで散ったのか?指切断と死因の真相に迫る

栗城史多はなぜエベレストで散ったのか?指切断と死因の真相に迫る

栗城史多はなぜエベレストで散ったのか?指切断と死因の真相に迫るとは一体何なのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

栗城氏のエベレスト挑戦の変遷を客観的データで追うと、2012年の重度凍傷による「指切断」を境に、挑戦の性質が根本から破綻していった現実が浮き彫りになります。

挑戦時期目指したルート・公称スタイル到達標高と実際の結果身体状態・登山界の評価2009年秋(1回目)チベット側(ノーマル)
単独・無酸素約7900mで撤退
(強風のため)身体健常。ネット動画中継が社会的な注目を集め、若者層のファンが急増。2010年秋(2回目)チベット側(ノーマル)
単独・無酸素約7750mで撤退
(体調不良・悪天候)地上波テレビ局が特番を編成。登山専門家からはルート工作依存の指摘が出始める。2011年秋(3回目)チベット側(ノーマル)
単独・無酸素約7800mで撤退
(悪天候)3度目の失敗。ネット上で「本当に登る気があるのか」と懐疑論が拡大。2012年秋(4回目)ネパール側・西稜ルート
単独・無酸素約8070mで敗退
ビバーク中に重度凍傷【転換点】右手親指を除く手足の指9本を第2関節まで切断。登攀能力が壊滅的打撃を受ける。2015年秋(5回目)ネパール側(ノーマル)
指切断後の再起挑戦約8150mで撤退
(深雪による時間切れ)再生の物語としてメディアが美談化。しかし指の欠損によりジッパーやギアの操作が困難に。2016年春(6回目)チベット側・北壁ルート
最難関ルートへの変更約7400mで撤退
(体調悪化)ノーマルルートすら登れない体で北壁に挑む姿勢に、登山関係者は「狂気の領域」と戦慄。2017年春(7回目)チベット側・北壁ルート約7600mで撤退現場スタッフとの関係悪化や費用の枯渇が表面化。焦燥感が露わになる。2018年春(8回目)ネパール側・南西壁ルート
最難関への固執約7400mから下山中、約6600mで滑落死享年35。多発性外傷および低体温症。自ら煽り続けた過激な目標の果てに落命。

2012年の4回目の遠征で負った「両手両足の指9本切断」は、登山家生命の終わりを意味するはずでした。指先を失えば、極寒の中でアイゼンを締め直すことも、ファスナーを開閉して体温調節することも、ザイルを素早く操作することも不可能になります。それにもかかわらず、彼は「指を失っても挑戦し続ける不屈の男」という新たな物語を背負い、さらに過激な難ルートを宣言せざるを得ないスパイラルに陥っていきました。

山田 真由
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山田 真由

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