2014年12月5日未明、乗客250人を乗せてソウル・仁川国際空港へ向かう大韓航空KE086便(エアバスA380型機)のファーストクラスで、その異常な事態は幕を開けました。当時、大韓航空の機内サービス・ホテル事業担当副社長の座にあった趙顕娥(チョ・ヒョナ)氏は、自社の最高クラス座席に搭乗していました。
離陸に向け、機体が搭乗ゲートを離れて誘導路をゆっくりと滑走(タキシング)し始めた直後、担当の客室乗務員がチョ氏へ「ナッツはいかがですか」と声をかけます。乗務員は規定に則り、未開封の袋のままマカダミアナッツを差し出しました。しかし、この瞬間、チョ氏の表情が一変します。「なぜ皿に出さずに袋ごと持ってくるのか」「マニュアルすら頭に入っていないのか」と凄まじい剣幕で怒鳴り散らし始めたのです。
機内の異変を察知し、即座に駆けつけたのがチーフパーサー(客室乗務員統括)のパク・チャンジン事務長でした。パク事務長はタブレット端末を取り出し、サービスマニュアルを提示して「乗客のアレルギーの有無を確認するため、開封前に袋ごと提示する手順になっております」と冷静に説明を試みました。しかし、自らの誤りを指摘されたと感じた令嬢の逆上は、もはや制御不能の領域へと突入します。
目撃証言によると、チョ氏は所持していたサービスマニュアルの角でパク事務長の手の甲を激しく打ち据え、女性乗務員とともに通路へ土下座させました。「ひざまずいて謝れ」「今すぐ飛行機を止めろ、お前を降ろしてやる」と罵声を浴びせ続け、機長への威嚇を通じて、すでに滑走路へ進入しかけていた巨体を搭乗ゲートへとUターン(ランプリターン)させたのです。航空法上、機内の最高指揮権を持つ機長の判断を完全に蹂躙し、パク事務長を極寒のニューヨークの空港へ置き去りにしたまま、旅客機は予定より約20分遅れで再出発しました。