小林旭の人生を語る上で欠かせないのが、昭和の至宝・美空ひばりとの電撃的なロマンスと別離です。1962年、雑誌の対談や映画共演を通じて急接近した2人は、日本中が注目するなかで婚約・結婚を発表し、「世紀のビッグカップル誕生」とメディアを大きく賑わせました。
しかし、この結婚生活はわずか約1年半でピリオドを打つことになります。後の自著や特番インタビューにおいて小林旭自身が振り返っているように、破局の本質的な原因は「当事者同士の不仲」ではなく、昭和芸能界の巨大なしがらみと家族構造にありました。
当時、美空ひばりは日本歌謡界の頂点に君臨する巨大ビジネスそのものであり、彼女の実母でありマネージャーでもあった加藤喜美枝氏をはじめとする周囲の環境は、彼女が「一人の家庭的な妻」として家庭に入ることを断じて許しませんでした。籍を入れない事実婚状態が続くなか、小林旭は「ひばりを普通の女性として家庭に迎えたい」と望みましたが、歌姫としての重責を背負わされたひばりを取り巻く興行界の力学がそれを阻んだのです。
1964年の電撃的な離婚記者会見では、興行界の重鎮たちが同席する異例の形式が取られました。小林旭が放った「未練がないと言えば嘘になるが、彼女を芸の世界に戻すことが周囲の望みなら受け入れる」という趣旨の潔い言葉は、当時の男気溢れるマイトガイ像を象徴するとともに、巨大なスターシステムに引き裂かれた悲恋の結末として今なお語り継がれています。