「支那人」はなぜタブーなのか?語源と歴史から読み解く呼称問題の真相について押さえておきたい ポイントを分かりやすい構成で解説いたします。
敗戦を迎えた日本において、この呼称問題に法的な区切りをつけたのが、1946年(昭和21年)6月に発出された外務次官通達「支那の呼称を避けることに関する件」です。
この通達は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の意向や中華民国側からの強い要請を受けたもので、官庁内の公文書のみならず、新聞・出版・放送などの関係機関に対しても「支那」の文字や呼称を用いず「中華民国」あるいは「中国」とするよう自粛を求めました。これを受け、日本の報道機関各社は用語規程を一斉に改訂しました。
現代の放送界において「支那」「支那人」が放送禁止用語(放送自粛用語)に指定されているのは、法的な処罰規定が存在するからではありません。日本民間放送連盟やNHKが定める放送ガイドラインに基づき、「人権擁護」「国籍や民族に対する侮蔑・差別的表現の排除」という観点から、自主規制として厳格に運用されています。
時代区分・年代公的・社会的な呼称の扱い使用された主な背景と実態現代のメディア判断・評価江戸〜明治初期地理的・学術的中立語仏典の訳語や蘭学の地名表記(Sina/China)として普及。歴史資料の記述として中立的に評価。1912年〜1945年
(辛亥革命〜終戦)対立的公称・戦時呼称相手側の「中国」要求を拒み、「支那事変」など戦争遂行に付随。差別・蔑視を伴う侵略期の文脈として認識。1946年
(昭和21年6月)外務省通達による自粛外交的配慮とGHQ指示の下、公文書・報道で「中国」統一を要請。公的領域における使用停止の起点。現代(現在)放送自粛・差別語指定人物への使用は原則禁止。歴史的固有名詞・地理名のみ一部例外。差別的含意を持つ言葉として厳密に排除。