体調回復後の安野モヨコ氏が放った最大の衝撃作が、フィール・ヤングにて連載された『後ハッピーマニア』です。前作『ハッピー・マニア』から約20年の時を経て描かれたのは、45歳になった主人公・重田カヨコと、彼女を優しく受け止めてくれたはずの夫・タカハシの「その後」でした。
物語の冒頭から読者を震撼させたのは、タカハシからの突如たる「離婚してくれ」という告白です。かつて愛の暴走機関車として男たちを翻弄したカヨコが、40代半ばにして直面する生活の崩壊、自身の老いへの焦燥、そして夫が若い女性へ心を移していく現実。単なる後日談の枠を完全に破壊し、中年期特有のアイデンティティクライシス(自己喪失)を容赦なくえぐり出す展開は、同世代の読者を中心に凄まじい反響を巻き起こしました。
最新刊に至るプロットでは、離婚を巡る泥沼の協議だけでなく、夫婦とは何か、人は何をもって互いを縛り、許し合うのかという実存的な問いへと深化していきます。また、同作者の重厚な傑作『鼻下長紳士回顧録』が、20世紀初頭のパリの娼館を舞台に「被虐的な関係のなかでしか愛を感じられない女性・コレット」の魂の解放を描き切ったように、安野氏の視線は「綺麗事では済まない人間の業」を直視する境地へと達しています。カヨコとタカハシが辿り着く結末の切れ味は、単なるハッピーエンドやバッドエンドという二元論を超え、傷だらけになりながらも生きていく人間の強靭さを証明しています。